生活者の肌感覚で考える首都直下地震の確率評価とタワーマンションのリスク
1. はじめに:群馬における体感地震と深まる危機感
最近、群馬県周辺でも局所的に強い揺れを観測する機会が増加している。6月16日に一部地域で震度5弱が計測されたほか、8月23日未明の揺れにおいても、ベッドの上で横たわりながら「いよいよ首都直下地震がきたのではないか」と強い緊張感を覚えた方は少なくないだろう。
東日本大震災以降、日本列島全体が地殻変動の活発化フェーズに入ったと指摘されて久しい。群馬県のように地震や自然災害が比較的少なく、安全性が高いとされてきた地域でさえ強い揺れを実感する現状は、首都圏全体が潜在的に抱える災害リスクの大きさを再認識させるに十分である。そしてこの実感的な恐怖は、現在の「東京一極集中型社会」が抱える構造的・経済的脆弱性への警鐘と言える。
首都直下地震(主に南関東直下で発生するマグニチュード7級の地震)の発生確率について、政府の文部科学省地震調査研究本部は2004年に「30年以内に70%程度の確率で発生する」との評価を公表した。その後も算定根拠となるデータの更新を重ねつつ、同様の見解が維持・公表され続けている。
2. 首都直下地震「30年以内に70%」の数学的分解
この「30年で70%」発生という数値を、実生活で認識しやすい単年度あたりの確率に換算して検証してみよう。数学的厳密性の観点からは若干の単純化を行い、毎年一定の独立した発生確率pが存在すると仮定する。30年間に一度も地震が発生しない確率 30%(0.3)と同値であることから、次の方程式が成り立つ。
(1 - p)^{30} = 0.3
この方程式を解くと以下の通りとなる。
1 - p = (0.3)^{1/30}≒0.9607
p≒0.0393 (約3.9%)
1年あたりの発生確率はおよそ 3.9% となる。
もちろん、これは地震本部が「毎年3.9%」と評価しているという意味ではない。30年70%という長期確率を、生活者がイメージしやすい形に単純換算した数字である。
とはいえ、年間約3.9%という数字は、確率論的に見ればかなり高いものと言えよう。例えば、アメリカンルーレット(「0」「00」を含む全38マス)で特定の1つの数字に賭けて当たる確率は1/38≒2.6% である。つまり、首都直下地震が今からの1年間に発生する確率は、ルーレットで特定の数字を一点買いして当てる確率よりも遥かに高い(約1.5倍)のである。
3. 「30年70%」は信頼できる予測か? — 3.9%の確率に基づく統計的検証
一方で、2004年の発表から22年が経過した現在においても、幸いにして首都直下地震は発生していない。それにもかかわらず、同じ「30年以内に70%」という数値が繰り返し提示され続けていることに対して、「そもそも政府の提示する前提や予測モデル自体が誤っているのではないか」という疑問を抱くのは、一般の感覚として極めて自然である。
この疑問について、年間発生確率3.9%(非発生率96.1%)の数値を用いて、統計学における仮説検定の枠組みから検証してみる。
(1) 22年間発生しなかった確率の計算
年間発生確率を3.9%と仮定した場合、22年間連続して地震が発生しない確率は以下のように試算できる。
(1 - 0.039)^{22} = (0.961)^{22}≒0.417 (約42%)
つまり、「年間確率3.9%で発生する事象が22年間起きない」という現象は約42%の確率で起こり得る。この単純化したモデルの下では、22年間発生していないという事実だけから、3.9%という仮定を統計的に否定することはできない。
これは確率を考える上で重要なポイントである。私たちは「70%」という数字を見ると、「かなり高い確率だから、そろそろ起こるはずだ」と感じやすい。しかし、現在まで発生していないことを理由に、「政府の評価は外れた」と判断することはできない。
むしろ重要なのは、確率評価は予言ではなく、長期間にわたる不確実性を数値化したものだということである。
(2) 「30年70%」という評価を疑うべき時点はいつか
では、何年間地震が発生しなかった場合に、統計的にこのモデルが否定されるのだろうか。有意水準5%未満となる年数Nを求める方程式は以下の通りである。
(1 - 0.039)^N < 0.05
これを対数を用いて解くと、概ね N > 75.3 となる。
つまり、この単純化されたモデル、年間発生確率を3.9%とした場合、2004年の発表から約76年が経過する2080年頃まで一度も首都直下地震が発生しなかった場合に、そうした事態が生じる確率は5%未満であり、「当時の評価は誤り(過大評価)であった」のではないかと疑問を呈する統計的根拠の一つとなりうることになる。(ただし、これは「75年たてば政府の予測が誤りと証明される」という意味ではないことに留意は必要である。)
ここには現実的かつ皮肉な問題が存在する。現在、都心の高層マンションを高額なローンで購入している30代〜40代の一次取得者層の多くは、2080年には100歳前後を迎えているか、すでに世を去っている。すなわち、個人が一生涯の全資産を投じて不動産を購入する意思決定において、統計的な答え合わせを待つことは実質的に不可能なのだ。
つまり、住宅購入は、科学的に不確実な未来を前提として行う、極めて長期の資産配分なのであると言うこともできる。
(3) 「起きていないから安全」なのか「歪みが蓄積」されているのか
以下のような視点が示されることもある。
プレート境界型地震などでは、時間経過とともに歪みエネルギーが蓄積される特性を持つため、時間が経つほどに発生確率は逓増する。
したがって「22年間起きなかったから安心」ではなく、起きない期間が長引いた分だけ、解放されるエネルギーの逼迫度が高まっているとみるべきである。
しかし、筆者は地震学の専門家ではないが、地震は種類によって発生メカニズムが異なり、「起きなかった期間が長いほど、次の地震が確実に近づく」と考えることはできない。
したがって、生活者として取るべき姿勢は、「地震が起きていないから安心」と考えることでも、「明日にでも必ず起きる」と考えることでもない。
むしろ、「発生時期を正確には予測できないが、一定以上の発生確率が公的に評価されている以上、その不確実性を住宅・資産・都市構造の意思決定に織り込む」ことが望ましいと考える。それは地震予知の問題ではなく、リスク管理の問題である。
4. 都心高層建築のリスクと不動産市場の歪み
このような単純化して年率換算すると約3.9%となる「30年以内に70%程度」という公的な長期評価があるなかで、東京湾岸エリアを中心とする都心部では超高層マンション(タワーマンション)の建設と価格高騰が続き、1億円〜2億円を超える「億ション」市場が形成されてきた。
しかし、技術的構造ならびに不動産経済学の観点から見れば、超高層建築には巨大地震時における特有の脆弱性が存在する。その最大のリスク要因の一つが長周期地震動である。
(1) 長周期地震動によるダメージと旧基準物件のリスク
長周期地震動を受けると、超高層建築は上層階を中心に大きく、ゆっくりと揺れ続けることがある。建物の構造躯体が直ちに損壊しなくても、家具・什器の大きな移動や転倒、内外装材や設備の損傷、エレベーターの停止など、生活継続が困難になる被害が発生する可能性が高くなる。
長周期地震動階級4は、立っていることが困難になるなど、極めて大きな揺れが高層建築物内で生じる状況を示し、被害も甚大になることが予想される。首都圏においても、想定される巨大地震に伴う長周期地震動への備えが重要となる。
特に注目すべきは建築の年代である。国土交通省が超高層建築物における長周期地震動への対応を本格的に進めたのは2006年以降であるため、それ以前に設計・建設されたタワーマンションなどで制振装置の追加といった改修がなされていない場合、当時の設計条件、建物の構造形式、制振・免震性能、所在地の地盤条件、改修履歴等を確認する必要がある。
(なお、タワーマンションは「地震に弱い」と言っているのではなく、巨大地震が発生した場合に、「建物が倒壊しないこと」と「その建物で生活を継続できること」は異なるという点に論点があることを明確にしておきたい。)
(2) 全財産を投じた「ロシアンルーレット」
個人が全財産と将来にわたる長期間の労働収入を担保に入れ、都心の超高層マンションを購入する行為は、確率論的に捉え直せば、「自らの資産と将来の人生を賭けたロシアンルーレット」に近い側面を持つ。
もちろん、これは「タワーマンションが毎年3.9%の確率で重大被害を受ける」という意味ではない。ここで問題にしているのは、発生確率が一定程度存在する巨大災害に対して、住宅・資産・仕事を一つの地域に過度に集中させることのリスクである。
なお、足元の不動産市場に目を向けると、金利上昇懸念や価格の過熱感から、中古マンション価格が調整局面へ移行するなど、潮目に変化の兆しが観測され始めている。災害リスクの顕在化と金融環境の変化が交錯する現在、高層不動産への過度な投資は大きな転換期を迎えているとみることもできる。
5. 不動産経済と地域振興、地方分散へのパラダイムシフト
東京一極集中型構造からの脱却とリスク分散を前提とした国土構造の再構築は、昭和の後期から言われ続けてきたが、今日まで抜本的な変化には至っていない。しかし、東日本大震災や近年の危機的な気象・地殻変動、テレワークの普及などを踏まえ、今こそ「ロシアンルーレット型リスク社会」から本格的に脱却すべき時期が来ている。
(1) 個人レベルにおける「リスク分散型居住」
テレワークの定着や交通インフラの成熟に伴い、すべての生活拠点を都心高層住宅に集中させる必要性は薄れている。東京湾岸部と比較して津波リスクが相対的に低いエリア(例えば北関東の群馬県や栃木県など)へ拠点の一部を移す「二拠点居住」や地方移住は、個人の生活防衛・資産防衛において極めて合理的なリスクヘッジとなりうる。
(2) 国土・地域振興における「バックアップ機能」の確立
首都直下地震が発生した場合、都心のライフライン断絶やエレベーター停止、長周期地震動被害による都市機能の不全は避けられない。地方都市が首都圏のバックアップ機能(防災拠点、データセンターの分散、サテライトオフィスの誘致など)を担うことは、日本全体のレジリエンス(復元力)を高めると同時に、地方経済への投資を呼び込む持続可能な地域振興策となる。
6. おわりに
「30年以内に70%程度」という地震本部の長期評価は、発生時期を予言する数字ではない。しかし、いつ起きるか分からないことと、起こり得ることを無視してよいこととは全く別である。
私たちに必要なのは、地震の発生時期を当てることではなく、不確実な巨大災害が起こり得ることを前提に、住宅、資産、仕事などをどのように配置すれば、個人と社会の被害を小さくできるかを考えることである。
投資では、一般に「分散投資」が重要だと言われる。株式であれば、複数銘柄、複数業種などに分散する。ところが住宅については、人生最大の資産を一つの物件、一つの地域に集中させることが普通に行われている。もちろん、住宅は単なる投資商品ではなく、生活そのものであり、勤務地、家族、教育、医療、交通など多くの条件によって立地が決まる。
だからこそ、「東京を捨てて地方へ移住すべきだ」という単純な話ではない。
むしろ考えるべきなのは、「生活拠点や財産を完全に一極集中させない」という選択肢である。
例えば、テレワークや交通インフラを活用し、
①東京を仕事の拠点としつつ地方に第二の生活拠点を持つ、
②資産を東京不動産だけに集中させない、
といった「多拠点型」の生活・経済構造を考えることができる。
東京の超高層不動産に全資産を集中させる構造から脱却し、地方への機能分散と多極型社会の形成を進めることこそが、個人の資産保護にとどまらず、日本社会全体の持続可能性を担保する王道の道筋である。


